シミュレーション
Spice

Spiceによる伝送路シミュレーションを利用した、シリアル信号の評価

Multi-Gbpsの高速シリアル信号におけるシグナル・インテグリティ問題の多くは、伝送路の特性に関係しています。プリント・パターンや、コネクタ等で生じるインピーダンスの不整合が反射の原因となり、波形歪を生じさせ、ひいてはデータ・ジッタを引き起こします。伝送線路を含む回路の特性シミュレーションは、Spiceを用いて行うのが一般的ですが、単にSpiceによるシミュレーションでは、シリアル信号で重大な問題を引き起こすISI(Inter-Symbol Interference)などの評価は困難です。SDA(シリアル・データ・アナライザ、図1参照)シリーズでは、演算を施した信号に対してISI解析など高度なシリアル信号解析が行えます。そこで、SDAで捕捉した実際の信号にSpiceシミュレーションを適用して、モデル化した回路を通した後の信号品質を評価する手法を以下の通り紹介します。 


はじめに高速のシリアル伝送においては、伝送線路の伝送特性によって引き起こされる歪が重要な解析項目としてあげられます。伝送特性によって起こる波形歪については、Spiceを筆頭とする回路シミュレータを使って詳しく評価することができます。しかしながら、シミュレーションで得られた結果が、シリアル信号の伝送品質にどのように影響するかを推定するのは、その経験なしには容易ではありません。また、反射等の影響は信号によってその出方が変わるので、実際の信号を使ってシミュレーションを行いたいといった強い要望もあります。SDAでは、Spiceのシミュレーションと組み合わせた新しいシリアル・データ解析が実現できます。ここにその実例を示して解説します。


SDAのシリアル・データ・解析
SDAのシリアル・データ解析は、ロングメモリに取り込まれた長いビット・ストリーム・データを元にソフトウェアPLLで再生したクロック・タイミングを基準としてアイパターン解析やジッタ解析などを行います。また、SDAに用いられたX-Streamアーキテクチャは、オシロスコープの持つ演算ルーチンに、数々のカスタム演算を組み合わすことが容易に行えます。SDAのシリアル・データ解析ソフトウェアにとっては、実際に捕捉された生の信号であっても、カスタム演算によって求められた出力結果であっても、同様に解析する事ができます。つまり、このカスタム演算にSpiceを利用すれば、実際に捕捉した波形にシミュレーションをかけて、その結果の波形でシリアル・データ解析が行えるというわけです。


Spiceシミュレーション
図2は、レクロイが教育目的に作った簡易伝送線シミュレーション・プログラムの結果を示したものです。このシミュレーション・プログラムは、マイクロ・ストリップ線路をモデルとして、インピーダンス不整合による反射波の伝播をグラフィカルに観測するというものです。ここでは途中に25Ωとインピーダンスの違う部分が挿入されている伝送線の反射をシミュレーションしています。Waveform Viewに反射を伴った信号波形が示されています。これと同様のシミュレーションをSpice上で行った例を図3に示します。図4には、送信端で見た電圧波形を示していますが、入力からインピーダンス不整合の地点までの時間1.5nsの倍(信号が往復した)3nsの時点から反射波が確認できます。これは、ちょうどTDR(Time Domain Reflectometory)を観測しているのと同じです。反射波の後にリンギングのようなものが現れているのは、反射する点が複数あるので多重反射を起こしている影響です。この結果は、図2の結果と符合するのは当たり前と言えます。この伝送路モデルを実測信号に適用するには、実測データをPWL形式に変換して、SpiceにインポートしSpice上でシミュレーションを行う方法が一般的でしょう。しかし、ここではシミュレーション結果をさらに解析するため、オシロスコープ上でSpiceの伝送路モデルを適用する方法を提案します。レクロイのオシロスコープにオプション設定されているデジタル・フィルタ・パッケージDFP2を利用することで、簡単に実現できます。

Spiceシミュレーション Spiceシミュレーション
図2:途中にインピーダンス不整合のある伝送線のシミュレーション(拡大表示) 図3:途中にインピーダンス不整合のある伝送線のSpiceシミュレーション(拡大表示)
 
送信端で見た回路のステップ応答
図4:送信端で見た回路のステップ応答(TDR波形)(拡大表示)
DFP2
DFP2は、X-Streamアーキテクチャを持つレクロイのオシロスコープ用に設定されたデジタル・フィルター・パッケージで、FIR (Finite Impulse Response), IIR(Infinite Impulse Response)の両形式をサポートし、Low Pass. High Pass, Band Passなど様々な方式のフィルターを実現できます。また、このフィルター・パッケージにはカスタマイズ機能が備わっており、任意のフィルター特性が実現できます。特にFIRフィルターでは、図5に示したメニューの右下で指定したテキストファイルを、トランスバーサル・フィルターのタップ係数として読み込むことができます。このフィルターのタップ係数は、フィルターのインパルス応答と同じものでなので、どのような回路モデルもインパルス応答が得られれば、この機能を使って適用できます。図6には、上のグリッドに実際に捕捉したステップ信号波形を示し、下には、Spiceシミュレーションを施した波形を示した。図から分かるように、Spice上のシミュレーション通りの反射波が下の波形上で確認できます。
 
カスタム・フィルター
図5:DFP2のカスタム・フィルター設定
(拡大表示)
 
Spice シミュレーション
図6:Spice シミュレーションの結果
(拡大表示)

Spiceシミュレーションとシリアル・データ解析
上に示したように、
DFP2を介してSpiceシミュレーションが実測波形に適用できる事が分かります。SDAのシリアル・データ解析機能を使えば、このシミュレーション結果の波形データを使って解析が容易に行えます。図7は、実際の現場で問題となった3.125Gbpsのシリアル信号を示しています。伝送線の容量が過多で反射が起きているとの予測があります。SDAのISIプロット機能を使い、パターンごとの波形を観測したものです。この図では、どの波形がどのパターンに相当するかが分かりやすいように、後から画像にビット・パターンを書き足している。パターン0110と1001のパターンが、大きく落ち込んでいる事が確認できます。そこで、図8に示したように、LとCによる反射が波形歪の要因と考えた回路を想定してみました。この伝送線路モデルを使って、先に示したSpiceシミュレーションを適用してみます。

ISIプロット 伝送線路モデル
図7:問題となった実波形のISIプロット
(拡大表示)
図8:想定した伝送線路モデル(拡大表示)

図9では、上に実際に取り込んだ3.125Gbpsの信号波形を示しています。送信端で捕捉した信号波形は、プリエンファシスを抑えてあり非常にきれいな波形となっています。その下では、この実測した信号に図8の回路モデルを適用した波形を示しています。エッジの部分でオーバーシュートするのがL成分による反射で、それに続く落ち込みがCによる反射に相当するものであり、想定した回路の反射の特徴がよく現れています。このようにSpiceシミュレーションの効果を個々の波形で確認できたので、SDMのシリアル・データ解析が行えるように2Mワードという比較的長いメモリを使って信号を捕捉し、同様の処理を行いました。問題の要因と推定した回路の妥当性を検証するため、図7と同様のISIプロットを取って表示したのが図10です。ここで示した例では、問題のシステムとは別の信号源を使ってシミュレーションを行っていたり、問題のシステムの伝送線の情報などが不足しているので、詳細なシミュレーションとはなっていません。しかしながら、1001や0110のパターンの落ち込み具合など特徴的な波形の歪や、ISIの出方などはうまく再現できています。この結果から、問題となったシステムの伝送系には、推定したようなLやC成分が付加されている可能性が高いということが分かります。

Spice シミュレーション Spiceシミュレーション
図9:Spice シミュレーションによる反射波形の確認(拡大表示) 図10:SpiceシミュレーションによるISIプロット(拡大表示)

まとめ
シミュレーションが発達している現在でも、実際の信号波形がシミュレーション結果と異なることが少なくありません。特に高速信号では想定外の要因が影響することが実測の重要性を高めています。一方、問題解決には実測した信号の解析結果から原因を抽出するという作業を進めなくてはなりません。この作業を効果的に行う手法として、実測結果とSpiceシミュレーション、およびSDAの持つシリアル・データ解析機能の融合を提案し、その有効性を示せたと確信します。

LeCroy Spice Resources
エレクトロニクス アップデイト 【2006年1月号】
回路シミュレーションのリアルタイム検証
オシロスコープにPSpiceを組込み実信号でシミュレーションを行う新手法
PDF File 470K
エレクトロニクス アップデイト 【2003年8月号】
Spiceによる伝送路シミュレーションを利用した、シリアル信号の評価
PDF File
600K
LeCroy 社デジタル・オシロスコープと回路シミュレータPSpiceA/D の連携例 PDF File 420K

 

ページトップに戻る